★土肥洋一おうえんにっき★

東京ヴェルディ所属(元FC東京所属)、ドイツW杯日本代表、GK土肥洋一選手(神)が大好きな麗哉のにっき。 コメント大歓迎☆情報提供大歓迎☆

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経歴 (随時更新)

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1989~1992 大津高校

1994 柏レイソル (JFL) 
     リーグ戦出場15試合 カップ戦出場1試合

1995 柏レイソル
     リーグ戦出場17試合 天皇杯出場2試合

1996 柏レイソル
     リーグ戦出場30試合 カップ戦出場15試合 天皇杯出場2試合

1997 柏レイソル
     リーグ戦出場19試合 カップ戦出場8試合 天皇杯出場3試合

1998 柏レイソル
     リーグ戦出場8試合 天皇杯出場1試合

1999 柏レイソル
     リーグ戦出場3試合

2000 FC東京
     リーグ戦出場30試合 カップ戦出場2試合

2001 FC東京
     リーグ戦出場30試合 カップ戦出場3試合 天皇杯出場1試合

2002 FC東京
     リーグ戦出場30試合 カップ戦出場7試合 天皇杯出場1試合

2003 FC東京
     リーグ戦出場30試合 カップ戦出場6試合 天皇杯出場2試合

2004 FC東京
     リーグ戦出場30試合 カップ戦出場1試合 天皇杯出場3試合
     Jリーグベストイレブン選出
     ヤマザキナビスコカップMVP

2005 FC東京
     リーグ戦出場34試合 天皇杯出場2試合

2006 FC東京
     リーグ戦出場32試合 カップ戦出場2試合
     FIFAワールドカップドイツ大会 日本代表選出
     Jリーグ216試合連続出場記録樹立

2007 FC東京
     リーグ戦出場14試合 カップ戦出場4試合

2008 東京ヴェルディ
     リーグ戦出場34試合 カップ戦出場4試合

2009 東京ヴェルディ
     リーグ戦出場39試合 天皇杯出場1試合
  
出場試合数累計: Jリーグ戦出場380試合 カップ戦出場53試合 天皇杯出場18試合
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日本代表としての土肥

◆2003年、代表初選出

◆2006年、W杯日本代表に選出

◆国際Aマッチ通算4試合出場

◆土肥は第3GKという立場上、練習ではケガ人の代わりにフィールドプレイヤーとしてプレーすることが多かった。W杯直前、ドイツ入りした後の紅白戦でも、控え組のフィールドプレイヤーとして出場し、右足で豪快なミドルシュートを決め、主力組守備陣の不安を煽った。

◆出場機会には恵まれなかったものの、土肥は、いつでもゴールマウスに立つ準備ができており、出場した4試合ではいずれも安定したプレーを見せた。特に、東アジア選手権韓国戦でのスーパーセーブの連発は凄まじく、土肥のおかげで無失点で終えられたようなものだった。

◆出場機会がなく、控えにまわされても、土肥はその控えという立場でできる限りのことを行い、日本代表選手としての責務を全うした。チームの雰囲気を盛り上げるために、練習時などでは積極的に他の選手に声をかけた。W杯本戦のブラジル戦では、前半終了間際に得点された後のハーフタイムで、真っ先にGK川口に駆け寄り、励ましの声をかけた。また、AFCアジアカップ2004の準決勝、バーレーン戦では、延長戦の末玉田の思い切った突破で生まれた得点によって競り勝ったが、その得点は、延長戦開始前に玉田への「(相手DFの)○番、足つってるぞ」という、土肥のアドバイスあってのことだという。

◆代表合宿で、練習後はよく楢崎の部屋に行き、一緒にTVゲームをしていたらしい。

小ネタ (随時更新)

◇サッカーを始めたのは中学から。それまでも興味は持っていたが、親に反対され、代わりに水泳をやっていた。

◇学生時代には様々なポジションを経験したが、身長が高い・オフサイドのルールが理解できなかった、等の理由で、最終的にGKに落ち着いた。

◇高校生の時に、名古屋、日立からオファーを受け、卒業後のプロ契約が内定していた(名古屋と)が、怪我のため、自ら辞退した。

◇高校3年生の時、日本テレビの「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」に出演した。よく、それがきっかけでプロ入りしたと言われているが、それは間違いである。

◇高校卒業後、サラリーマンを経験した。

◇自称ドS。

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